性はグラディエーション 枠を外すとアーティスト

昨日は私が所属する星槎大学 大学院の卒業式でした。

私は順調に行けば、来年の今頃卒業式(学位授与式)を迎えたい、切に望みます。

あと残り10単位、科目数にすれば5教科の取得と修士論文の作成をしなければなりません。

修士論文について卒業式後、大学院に所属する仲間と話をしていた時に、少し面白い話を聞いたので忘れないうちに書いておこうと思いました。


小学校の授業で、色について、イメージについて扱った時の話し。

男の子の色は何色と質問した時に、真っ先に出るのが「青色・緑・黒」などの色。紫などの色もありました。

女の子の色は「ピンク・赤」黄色はどちら?など。

理由に対しての質問には明確な答えはでなかった。



色で性別のイメージをするようになったのはいつの頃からなのでしょうか。

学校で習ったわけではなく、例えば小学校に入学する時は男の子は黒のランドセル、女の子は赤のランドセル。

幼少時、家庭教育の中でのインプットなのでしょうか。社会構造なのでしょうか。


こう言ったものを友人は、バイアスがかかっていると話していました。

確かにその通りだと感じました。


アーティストは、芸術家は直観で好きな色を用いて作品を作る。そう言ったバイアスを受けない、だからLGBTには芸術家が多いのではないか。

とくに文献や調査、統計を調べた訳ではなく、その場のでの話しなのですが妙に納得できました。


あらゆる社会枠にとらわれないとクリエイティブな仕事が出来る、そういった仮説が導き出せた有意義な時間でした。

さて、書いていて思ったのですが、「男の子は黒いランドセル、女の子は赤いランドセル」と文章を書くときに私の場合は、いやいや社会で見るほとんどの文章が男子を先頭に書いている。

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これもバイアスなのでしょうね。

本来はどちらが先でも良いはずですね。




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