人の話が聞けない人 自分の主張ばかりする人

周囲に人の話をさえぎってでも自分の意見を主張する人、正論攻め、自分が正しく人の欠点ばかりを主張する人っていませんか。

私にとってちょっとホットな話題になっています。


こういった人を分析してしたいと思います。


人の話を聞くということはどのようなことなのでしょうか。
実はかつて私は人の話を全く聞けない人間でした。

当時の私を振り返りたいと思います。


いつ頃だったでしょうか、思い返せるのは高校生くらいのときからです。
ひどい人間でした。自分が駄目だと思った人は全否定していました。

そういった経緯になる理由もあったのですけど、駄目ですね。

今となっては、あのころは自分は凄く心が病んでいて仕方なかった、でも迷惑をかけてしまった多数の人に対しては謝りたい、申し訳なかったという思いで一杯です。

33歳くらいで大きな挫折を経験してから、少しずつ変わってきたのかと思います。
その頃から人の話が終わるまでは自分の意見を差し控えるようになりました。

決定的に変わったのは、40歳になってから産業カウンセラーの講座に通い、傾聴(人の話をただ聞く)の訓練をした時から変わりました。

今は自分の話をするより人の話を聞く方が好きになってしまい、おかげさまで色々な方が自分に話をしにくるようになりました。

カウンセラーとしての力もついてきたのでしょうかね。


さてさて、話を戻そうと思います。

人の話しを聞かずに自分の主張をする人の心境。

世の中の間違っていることとはいったいどのくらいあるのでしょうか。
きっとたくさんあるのでしょうね。

間違っていると判断するのは誰でしょうか?

それは判断する人の価値基準にゆだねられます。つまり自分の主観です。
人によっては様々な価値観があるのです。

自分の主張はして他者の世界観を受け入れない、否定するのって皆さんどう思われますか?

それでも自分の主張ばかりする人は「正論」を主張します。

正論とは何かを防壁にしたい、正論を盾にして自己顕示欲を主張できる手段だからではないでしょうか?
その背後に隠れている物は強い劣等感だったりします。

※あくまで私の持論でございます。そうでない方ももちろんいると思いますがご了承いただけますようお願いします。

強い劣等感があることで自分を誇示したい、他者からの承認欲求が、自分の主張ばかりになってしまうのではないかと考えられます。

満たされている人は他者批判って少ないですよね。


他人の世界観を受け入れるということは、自分を否定されるという錯覚が生じてしまう。

そういったことが原因になっているように思います。

では本来、他人の世界観を受け入れる事とはどのようなことなのでしょうか?

人の世界観を旅できる、違って見方が学べる良い機会になるのことができます。
人の意見を受け入れることができる人は、自分以外の価値観を受け入れられる余裕と器の大きさがあるわけす。

こういったことを述べている私ですが、受け入れがたい他人の意見は多々あります。
全てを受け入れられる人とはある意味仙人みたい人なのでしょうね。

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